THE GOLDEN CUPS HISTORY
| 年 | 日付 | ゴールデン・カップスを巡る出来事 | その他の出来事 |
| 1945 | 11/17 | デイヴ平尾誕生。 | |
| 1946 | 1/1 | ケネス伊東誕生。 | |
| 1947 | 6/22 | エディ藩誕生。 | |
| 1948 | 11/5 | ルイズルイス加部誕生。 | |
| 1949 | 6/3 | マモル・マヌー誕生。 | |
| 1951 | 1/12 | アイ高野誕生。 | |
| 12/13 | ミッキー吉野誕生。 | ||
| 1961 | ジョニー野村、エディ藩等横浜のアメリカン・スクールの仲間で「シャドウーズ」結成、これが「ザ・ファナティックス」に発展する。 | ||
| 1962〜1965 | ジョニー野村、「ザ・ファナティックス」から脱退。やがて「ワイン・メン」に参加する。 同バンドは別名「テイク・ファイヴ」と言い、ルイズルイス加部やケネス伊東が在籍していた。 | ||
| デイヴ平尾、マモル・マヌーの参加していた「スフィンクス」とエディ藩が在籍していた「ザ・ファナティックス」はそれぞれ地元横浜を代表するアマチュア・バンドとしてダンス・パーティ等で活躍する。 | |||
| 1965 | 5/30 | スパイダース、シングル「フリフリ」でレコード・デビュー。 | |
| 1966 | ルイズルイス加部、陳信輝、竹村栄二と「ミッドナイト・エクスプレス・ブルース・バンド」結成。 | ||
| 1/31 | ミッキー吉野、地元横浜のセミプロバンド「今野英尊&ニューキャメリアス」に参加、ナイトクラブ、ダンスパーティ、コンサート等で演奏活動を始める。 | ||
| 6月 | ミッキー吉野、ギタリストのマーク園田率いるアメリカンスクールのバンド「The Chosen Few」にも参加、横浜の米軍キャンプでの演奏を始める。 | ||
| 6/30 | ビートルズ、武道館でコンサート。 | ||
| 7/3 | デイヴ平尾、アメリカ放浪の旅に出る(〜11月)。同時期にエディ藩もアメリカを放浪しており、ライヴハウスで遭遇する。 | ||
| 11月 | アメリカから帰国したデイヴ平尾、スフィンクスで横浜本牧のクラブ「ゴールデン・カップ」に出演しながら、元ファナティックスのエディ藩と共に新バンドを結成すべくメンバーを集める。 | ||
| 12月 | ルイズルイス加部、「ミッドナイト・エクスプレス・ブルース・バンド」を脱退。 | ||
| ミッキー吉野、林恵文と「ミッドナイト・エクスプレス〜」に参加。ディスコティックや米軍キャンプで活動していた。 | |||
| 12/3 | 元スフィンクスのデイヴ平尾とマモル・マヌー、元テイク・ファイヴのルイズルイス加部とケネス伊東、ザ・ファナティックスのエディ藩の五人で「(平尾時宗と)グループ・アンド・アイ」を結成、横浜本牧のクラブ「ゴールデン・カップ」のレギュラーとして活動を開始する。 | ||
| 12/10 | TBSテレビ「ヤング720」に出演。 | ||
| 1967 | 「ミッドナイト・エクスプレス・ブルース・バンド」、バンド名を「ベベズ」に変更する。 | ||
| 2/5 | タイガース、シングル「僕のマリー」でデビュー。 | ||
| 6/1 | アイ高野が在籍していた「カーナビーツ」、シングル「好きさ好きさ好きさ」でレコード・デビュー。 | ||
| 6/15 | 「グループ・アンド・アイ」、バンド名を「ザ・ゴールデン・カップス」と変えて、シングル「いとしのジザベル」でレコード・デビュー(第一期:MarkI)。 | ||
| 7/21 | 東京で初めてジャズ喫茶に出演(新宿「ラ・セーヌ」)。 | ||
| 8/25〜 9/2 | 日劇で行われた「ウェスタン・カーニバル」に出演。新人賞を獲得。 | ||
| 10/15 | テンプターズ、シングル「忘れ得ぬ君」でレコード・デビュー。 | ||
| 11/15 | カップス(MarkI)、シングル「銀色のグラス」リリース。 | ||
| 12/15 | カップス、栃木県古川市民会館でコンサート。ルイズルイス加部が仕事をサボって帰ってしまう。 | ||
| 1968 | ミッキー吉野、林恵文、王チョンチャイと共にベベズを脱退、「フラワー・クリエーション」を結成する。 | ||
| 3/10 | カップス(MarkI)、デビュー・アルバム「ザ・ゴールデン・カップス・アルバム」リリース。 | ||
| 4/10 | カップス(MarkI)、シングル「長い髪の少女」リリース。35万枚の大ヒットとなり、グループ・サウンズの代表バンドのひとつとなる。 | ||
| 4/26 | 「長い髪の少女コンテスト」開かれる。 | ||
| ジャズ喫茶でのライヴを中心に活動。新宿「ラ・セーヌ」「アシベ」、池袋「ドラム」、銀座「アシベ」、横浜「プリンス」「アシベ」、そして「不二家ミュージック・サロン」等に出演していた。 | |||
| 7/8 | ケネス伊東、ヴィザ更新のためアメリカ(ハワイ)へ帰国する。代わりにミッキー吉野が参加する(第二期:MarkII)。 | ||
| 8/6 | 「愛する君に」新曲発表会と「ファンの集い」を豊島園で行う(ロック画報では8/7になっている)。 | ||
| この頃東京12ch「R&B天国」のレギュラーとなる。 | |||
| 8月中旬 | 千葉県木更津市民会館で行われた「グヤトーン・アマチュア・コンテスト」にゲスト出演。この時もルイズルイス加部はサボッて帰る。 | ||
| 9/1 | カップス(MarkII)、シングル「愛する君に」リリース。 | ||
| 9/10 | カップス、アルバム「ゴールデン・カップス・アルバム第2集」リリース(レコーディングはMarkI/MarkII/MarkIII)。 | ||
| 10/21 | ケネス伊東、ハワイから戻り非公式にカップスに復帰する(MarkIII)。 | ||
| 12/1 | カップス(MarkIII)、シングル「過ぎ去りし恋」リリース。 | ||
| 1969 | 1/1 | カップス(MarkIII)、TBSラジオ「東芝ヤング・ポップス」でワンマン・ショー。 | |
| 1/23 | 東芝レコード・ヒット賞受賞式(長い髪の少女/愛する君に)。 | ||
| 1/30 | ビートルズ、アップル・レコードの屋上でライヴ。 | ||
| 2/1 | カップス(MarkIII)、シングル「本牧ブルース」リリース(1/25リリース説もある)。 | ||
| 2/19 | 横浜「ゴールデン・カップ」にて「本牧ブルース」発表会を開く(500人以上のファンが参加)。 | ||
| 3/10 | カップス(MarkIII)、アルバム「ブルース・メッセージ/ゴールデン・カップス・アルバム第3集」リリース(3/8リリース説もある)。 | ||
| 春 | ミッキー吉野、井上尭之主宰の幻のセッションに参加する。 | ||
| 4/1 | 成田賢、平井正之、石間秀樹らが在籍した「ビーバーズ」解散。 | ||
| 4/10 | カップス(MarkIII)が2曲だけ参加したオムニバス・アルバム「四つの明星/なかにし礼作品集」リリース。 | ||
| 4/21 | 横浜「ゼン」でカップス(MarkIII)のライヴ録音(「スーパー・ライヴ・セッション」として8月にリリース)収録が行われる。 | ||
| 4/25 | エディ藩、ケネス伊東がカップスを脱退し、柳田ヒロ、エディ・フォルトゥノと共に「エディ藩グループ」(第一次)を結成する。ベースのルイズルイス加部がギターに回り、ミッキー吉野が昔在籍していたフラワー・クリエーション・バンドの林恵文がベースとして参加する(第三期:MarkIV)。 | ||
| 4/28 | 「日産パックイン・ミュージック ミッドナイト・ジャム・セッション(TBSホール)」でゴールデン・カップス(第三期:MarkIV)、エディ藩グループ、パワーハウスが共演。 | ||
| 5/1 | カップス、シングル「ルシール」リリース(メンバーはMarkIII)。3/25リリース説もある。 | ||
| 6/23 | ねむの郷で行われた「ヤマハ・ミュージック・キャンプ」出演。 | ||
| 7/10 | カップス(第三期:MarkIV)、シングル「蝶は飛ばない」リリース。 | ||
| 7/20 | 渋谷公会堂にてカップスのデビュー2周年を記念したフジテレビ主催の初の単独リサイタルが行われる。この模様はライヴ・アルバム「ザ・ゴールデン・カップス・リサイタル」としてライヴ・アルバム化される(MarkIV)。 | ||
| 8/1 | カップス、(MarkIII時代の)ライヴ・アルバム「スーパー・ライヴ・セッション」リリース。 | ||
| 9/4 | 日野皓正クインテット・かまやつひろし・井上堯之と共に、「時は今/ジャズとロックの旗揚げコンサート」に参加。 | ||
| 9/22 | ミッキー吉野、成毛滋(フライド・エッグ)、小林勝彦(フラワーズ)と第一回「10円コンサート」を企画、日比谷野音でコンサートを行う。このコンサートには浅野孝己が在籍しているエムも出演していた。 この頃からミッキー吉野と浅野氏の交流が始まった。 | ||
| 9/28 | カップス(第三期:MarkIV)及びエディ藩グループ(第一次)、東京厚生年金会館大ホールで開かれた「第一回:日本ロック・フェスティバル」に出演する。 | ||
| エディ藩グループからドラマーのエディ・フォルトゥノが大麻容疑で逮捕され脱退、後任に元カーナビーツのアイ高野が参加。 | 竹田和夫率いるブルース・クリエイション(後のクリエイション)、同名タイトルのアルバムでレコード・デビュー。 | ||
| 10/10 | カップス(第三期:MarkIV)、ライヴ・アルバム「ザ・ゴールデン・カップス・リサイタル」リリース(10/1リリース説もある)。 | ||
| 10/30 | 第二回「10円コンサート」開催。 | ||
| 11/10 | カップス(第三期:MarkIV)、ベスト・アルバム「長い髪の少女/ゴールデン・カップスのすべて」リリース。 | ||
| ミッキー吉野、オールナイト・ジャズ/ロックコンサート「ガッツ・イン・ゼロ」の企画に携わる。 | |||
| 12/20 | カップス(第三期:MarkIV)、有楽町ビデオホールで第一回「ガッツ・イン・ゼロ」コンサートに出演。 | ||
| 12/26 | 池袋「ドラム」でカップス(第三期:MarkIV)の東京での最後のステージ。 | ||
| 12/28 | ルイズルイス加部、マモル・マヌー、林恵文がゴールデン・カップス(第三期:MarkIV)から脱退。 | ||
| 1970 | 1/1 | エディ藩グループのエディ藩、アイ高野、ケネス伊東とデイヴ平尾、ミッキー吉野が合流する形でカップス再生、 ザ・ゴールデン・カップス(第四期:MarkV)となる。 | |
| この頃から、カップスとしての活動もロック・フェスティヴァルへの出演やメンバーそれぞれのセッション活動等が活発になり、シングルも所謂「売れ線」の選曲をしなくなる。ミッキー吉野が作曲を始め、アレンジも含めたカップスのサウンド・メイキングにおける比重が大きくなる。 | ミッキー吉野、「ミッキー吉野グループ(第一次)」を結成。冨田勲とも親交を持ち、大阪万博の東芝(IHI)館のメインテーマ「グローバル・ビジョンのためのマルチプル・サウンズ」でハモンド・オルガンによるソロ(共演は読売公共楽団 他)の演奏を依頼される。 | ||
| 1/7 | ミッキー吉野グループ(第一次)、東京厚生年金会館大ホールで1/6・7の二日間に渡って開かれた「第二回:日本ロック・フェスティバル」の2日目に出演する。 | ||
| 1/26 | 東京ヤング・メイツでカップス(第四期:MarkV)、モップス、ハプニング・フォー、フラワーズの4バンド合同コンサートが開催され、ライヴ録音される(「ロックンロール・ジャム'70」)。 | ||
| 3/14 | 大阪万博開催(〜9/13)。 | ||
| 4/5 | セッション・ライヴ・アルバム「ロックンロール・ジャム'70」リリース。 | ||
| 5/9・10 | 日比谷野音の「第3回日本ロック・フェスティバル」にゴールデン・カップス(第四期:MarkV)、エム、エモーション出演。 | ||
| 6/27 | 日比谷野外音楽堂で初のフォークとロックのジョイント・コンサート「フォーク←→ロック コンサート−夕焼けを待って−」が開催される。 | ||
| 7/5 | カップス(第四期:MarkV)、シングル「にがい涙」リリース(10/5リリース説もある)。 | ||
| 8/18 | ミッキー吉野、モップスと共に日比谷野外音楽堂での「アライヴァル・フリー・コンサート」に出演。 | ||
| 8/27 | ミッキー吉野、日比谷野外音楽堂での「第3回10円コンサート」に「ミッキー吉野+エディ藩グループ」で出演。 | ||
| 秋 | ケネス伊東がヴィザの関係(徴兵という説もある)でアメリカに戻ることになり、カップス(第四期:MarkV)から脱退する。 | ||
| 9/5 | マモル・マヌー、ソロ・シンガーとして東芝からデビュー。 | ||
| カップス脱退後、ルイズルイス加部と林恵文はジョン山崎と共に「ルーム」と言うバンドで活動。 | |||
| 9/16 | 日比谷野外音楽堂で第一回「日本語のろっくとふぉーくのコンサート」開催(出演:岡林信康、頭脳警察、はっぴいえんど、遠藤賢司等)。 | ||
| 9/18 | ジミ・ヘンドリックス没。 | ||
| 9/20 | カップス、東芝第1・2スタジオで「ザ・フィフス・ジェネレーション」のレコーディング開始(「怒りの涙」)。 | ||
| 9/25 | ケネス伊東の後任として元パワーハウスの柳譲治が参加し、ゴールデン・カップス(第五期:MarkVI)となる。 | ||
| 10/4 | ジャニス・ジョプリン没。 | ||
| 10/5 | カップス(第五期:MarkVI)、2枚組ベスト・アルバム「ザ・ゴールデン・カップスのすべて」リリース。 | ||
| 10/9 | カップス(第五期:MarkVI)、東芝第1・2スタジオ「ザ・フィフス・ジェネレーション」レコーディング。 | ||
| 10/17 | カップス(第五期:MarkVI)、東芝第1・2スタジオ「ザ・フィフス・ジェネレーション」レコーディング。 | ||
| 10/22 | カップス(第五期:MarkVI)、東芝第1・2スタジオ「ザ・フィフス・ジェネレーション」レコーディング。 | ||
| 10/23 | カップス(第五期:MarkVI)、東芝第1・2スタジオ「ザ・フィフス・ジェネレーション」レコーディング。 | ||
| 10/27 | カップス(第五期:MarkVI)、東芝第1・2スタジオ「ザ・フィフス・ジェネレーション」レコーディング。 | ||
| 10/30 | カップス(第五期:MarkVI)、東芝第1・2スタジオ「ザ・フィフス・ジェネレーション」レコーディング。 | ||
| 11/1 | カップス(第五期:MarkVI)、東芝第1・2スタジオ「ザ・フィフス・ジェネレーション」レコーディング。 | ||
| 12月 | デイヴ平尾、ミッキー吉野、大麻不法所持容疑で逮捕される。当時カップスは米国に進出してB.B.キングと競演するという話もあったが、この事件により立ち消えになった。 ミッキーはソロ・アルバムを製作していたほか 成毛滋・柳ジョージ・つのだひろと4人でバンドをやる計画も立てていたが、これも全てお流れとなった。ミッキーは未成年だったため、2年間の芸能活動中止を条件に釈放され、ザ・ゴールデン・カップス(第五期:MarkVI)を脱退、佐藤充彦の推薦でバークリー音楽院入学を目指すことになる(最後の仕事は逮捕直前の「ヤング720」)。 | ||
| 1971 | |||
| 1/10 | カップス(第五期:MarkVI)、「ザ・フィフス・ジェネレーション」リリース。 | ||
| ミッキーの脱退により、カップスはキーボードなしの4人編成となる(MarkVII)。 | |||
| 3/30 | 青山・草月会館にて「ガッツ・イン・コンサート Vol.1」開催。結成以来のメンバー全員が集まり、歴代の組み合わせで当時のオリジナルやよく演奏されていた曲を再現した。ミッキー吉野も特別参加した。 | ||
| ミッキー吉野、スティーヴ・フォックスらと「サンライズ」結成。米軍キャンプ等で演奏する。 シングル用に 「ミュージック・タウン」をレコーディング。 | |||
| 東京・日比谷野外音楽堂での「Rock Festival in Hibiya」開催。 サンライズが出演していたのではないかと推測される。 | |||
| 6/15 | ミッキー吉野、サンライズを脱退して渡米。ボストンのバークリー音楽大学へ入学。 | ||
| 7月 | ゴールデン・カップスにミッキー吉野の後任キーボーディストとして、元「ルーム」のジョン山崎が参加する(第六期:MarkVIII)。 | ||
| 7/3・4 | 東京・日比谷野外音楽堂での「Second Rock Festival in Hibiya」開催。 カップス(第六期:MarkVIII)出演。 | ||
| スティーヴ・フォックス、アイ高野・ジョージ柳・ジョン山崎のサポートで「ベイビー・ホールド・オン」をレコーディング、サンライズ名義でビクターからシングル「ベイビー・ホールド・オン(c/w「ミュージック・タウン」)をリリース。 | |||
| 7/30 | 東京・日比谷野外音楽堂での「ガッツ・イン・コンサート」にカップス(第六期:MarkVIII)と「スピード・グルー&シンキ」(ルイズルイス加部在籍)出演。カップスのステージはライブ・アルバム化される(「ライヴ!! ザ・ゴールデン・カップス」)。 | ||
| 10/5 | カップス(第六期:MarkVIII)、ラスト・アルバム「ライヴ!! ザ・ゴールデン・カップス」リリース。 | ||
| カップス(第六期:MarkVIII)、ラスト・シングル「人生は気まぐれ」リリース。 | |||
| 12/14 | 新宿ニューACBでカップス(第六期:MarkVIII)の(本来の)ラスト・ライヴ。解散を宣言した。 | ||
| 12/24〜 12/31 |
カップス(第六期:MarkVIII)、契約の残っていた沖縄のライヴハウスへの演奏旅行。最終日の演奏中に火事が起こり、楽器が丸焼けになってバンドも終わった。 | ||
| 1972 | 1/1〜1/3 | ||