ゴダイゴ・ホーンズ/GODIEGO HORNS

ゴダイゴのホーン・セクション。79年〜81年に最も活躍した。

85年のファイナル・ツアーや99年・2006年の再結成の際にも再編されている。

ユニット 時期 Trumpet Trombone B-Trombone Sax/Flute
プロトタイプ 78.11 安孫子浩 吉田憲司 中澤健二 鍵和田道男 西島泰介 及川芳雄 -
第一次 79春〜夏 吉田憲司 岸本博 - 鍵和田道男 - 及川芳雄 渕野繁雄
第二次 79夏〜末 岸本博 永井真 - 井口秀夫 - - 松風鉱一
第三次 80〜81 岸本博 - - 井口秀夫 - - 松風鉱一
第四次 85 岸本博 - - - - - 松風鉱一
第五次 99〜02 外山昭彦 - - 佐藤春樹 - - 吉田治
第六次 06 奥村晶 - - 池田雅明 - - 吉田治

ゴダイゴのオリジナル・アルバムででホーン・セクションが使用されるのは「ゴダイゴ(新創世紀)」の「母と子」、次いで「西遊記」の「セレブレイション」となる。 これらの時は臨時にスタジオ・ミュージシャンが起用されたと思われる(クレジットはない)。 79年1月からNHKで放送が開始された「ビューティフル・ネーム」(つまりレコーディングは78年)も同じくメンバーは不明。

ホーン・セクションがユニットとして認識されるのは78年11月の「芸術祭コンサート」で「組曲:威風堂々」を演奏する時が初めてで、この時のメンバー(上記図では「プロトタイプ」としている)はおそらくこの一回だけである。 ついで、春のセレブレイション・ツアーから単発的にホーン・セクションが使用される。 この時はまだ毎回ステージに登場する訳ではなく、TV出演や「マジック・カプセル」用のライヴ・レコーディングをする際等に限定されていたらしい。ブラスがアレンジの一部となっている「ビューティフル・ネーム」のヒットや、「組曲:威風堂々」やアレンジしなおした「組曲:新創世紀」等大掛かりな曲をステージで行う様になったことから、ホーン・セクションのニーズは高まっていった。

ミッキー吉野からすれば、ザ・ゴールデン・カップス末期に当時新しかったブラス・ロック(ブラッド・スウェット・アンド・ティアーズやシカゴ等)の影響を受けて、日野皓正や「宮間利之とニューハード」のメンバーとセッションを重ねてきたこと、そしてバークリーで学んでブラスのアレンジが「自分で出来る」数少ないロックのアレンジャーだったことからバックにブラスを加えることはごく自然なことだったのだろう。

79年8月の夏のツアー以降は81年9月まで、ずっとツアーにホーンセクションを同行させていた。 ファンの間で知名度が高いのは、映画「マジック・カプセル」で映っている第2次ホーンズのメンバーであり、80年のNHKホール、ポートピア開幕前コンサート、そして中国天津ライブ等画面に登場することの多かった第3次ホーンズ(第2次から永井真が抜けたもの)であろう。 勿論ホーン・セクションをツアーに同行させるということは、コスト的に負荷が大きく、ブームが一段落した81年以降はホーンなしで活動することになるが、「組曲:威風堂々」演奏時は音が薄くて苦しかったことは否めない。 また、「In You勧進帳」では邦楽器に対抗してホーン・セクションがロックのパワーを支えており、サウンドに深味を出していた。 ホーン・アレンジはミッキーや岸本博、そして99年の再結成では吉田治が担当している。 松風鉱一によれば、「とにかく緊張感をもたせるためにミッキーがツアー中結構アレンジ を変えたため、気が抜けなかった」そうである。

85年のファイナル・ツアーで臨時に再編され、その後ゴダイゴの活動停止と共に解散、メンバーは個々にミッキーと活動を共にしてきた。 99年〜2000年の再結成ツアーではメンバーを一新してホーン・セクションを組み、02年6月のプチ再結成でもこの新メンバーで演奏している。

2006年の再始動では、また新たなホーンズが編成された(Saxは前回と同じ吉田治)。

尚、80年2〜3月頃の雑誌に掲載されたミッキーのインタビューで『ミッキーの頭の中にオーケストラの構想』 というものがある。 「ゴダイゴ・オーケストラ、これをぜひ実現させたい」。ミッキーの頭の中には現在バックバンドをつとめるゴダイゴ・ホーン≠母体に、弦楽器も加えたオーケストラを作る構想がある。「今年中にメドをつけ、レコードも作りたい。でもそうなると、アレンジが大変だナ」という内容である。 80年10月10日(金)には代々木オリンピック・プールにはゴダイゴ&東京フィル・ハーモニー・オーケストラのジョイント・コンサートが予定されていた(中国天津公演が入ったためキャンセルになった)。 これはミッキーの発想と関係があるのだろうか。 ひょっとしたら、ディープ・パープルやエマーソン・レイク&パーマーがオーケストラと共演してレコード製作やライヴを行ったことを念頭に置いていたのかもしれない。 実際にゴダイゴとオケが共演したのは、80年12月4日の代々木でのクリスマス・コンサートである。しかしこれは少年少女合唱団などを入れてクリスマス・ソングを演奏するのが中心で、ゴダイゴのオリジナル曲は原則ゴダイゴだけでやっていたので、あまり前向きな「共演」ではなかった。これよりは、NHKテレビの「日本の響」で演奏された「In You勧進帳」でのゴダイゴ+ゴダイゴ・ホーンズ+邦楽器アンサンブルの方がよっぽど充実していたといえるだろう。

 

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