井口 秀夫 (いぐち ひでお)

楽器 Trombone, Chorus, Percussions。
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第二次及び第三次ゴダイゴ・ホーンズのメンバー。

ゴダイゴがブレイクした後、バックでホーン・セクションを務めた。 「M.O.R.」にホーン・アレンジでクレジットされている。 80年頃のステージで「リターン・トゥ・アフリカ」をやる場合は、エンディングでかなり長いアドリブのトロンボーン・ソロを吹いていたのが特に印象的。

レコードのクレジットは「マジック・カプセル」、「カトマンドゥー」、「M.O.R.」、「中国 后醍醐」、「平和組曲」、「インターミッション」で、クレジットが入っていないところではシングル「リターン・トゥ・アフリカ」、「ポートピア」、「神様何故愛にも国境があるの」が挙げられる。 もっとも「平和組曲」でクレジットされているタイトル曲(つまり「組曲:威風堂々」)は実は第一次ホーンズの演奏であり、参加してないらしい。

1951(もしくは52年)生まれ。ミッキー吉野と中学の同級生だった。

1974〜1976年、「原信夫とシャープス&フラッツ」に在籍。その後フリーのスタジオミュージシャンとして活動するかたわら、「三木敏悟とインナーギャラクシーオーケストラ」と共にモントルージャズフェスティバルに出演する。「高橋達也と東京ユニオン」にも在籍、日本ジャズ賞を2回受賞している。及川芳雄と共に「上田力&パワー・ステーション」にも参加していた。 82年頃の吉田美奈子のツアーやアルバム、松原みきのアルバム、「ナイアガラ・ソングブック2」等にもクレジットされている。 ミッキーのPAN SCHOOL OF MUSICに参加、ミッキーが同校を離れた後も講師として在籍している。 

最近では「Tokyo Leaders Big Band」のライブへの参加(これには佐藤春樹や吉田治も参加している)や浜松ジャズ・ウィーク、「高橋達也と東京リユニオン」など幅広く活動している他、リーダーバンドとして「需芸六」という3管のハードバップバンドをやっているらしい。

80年7月の「平凡」で「いま広がるゴダイゴの仲間たち」という特集が組まれた時の彼のコメントは次の通り。 「トロンボーンを担当している井口秀夫です。ミッキーとは同じブラバンで、彼はサックスをやっていました。 それがもうヘタクソでもしボクが忠告してやめさせなければ、いまのゴダイゴはなかったでしょうね・・・というのは冗談で、ミッキーは 今もそうだけどボクが最初に会ったときから天才少年でした。 忘れもしない横浜の浜中学校での卒業式で彼はなんとたったひとりで電気オルガンを使って弾き語りをやったんです。 ステージの上にスピーカーとオルガンを(あれは多分自分で用意したのでしょう)積んで堂々と演奏しました。 その時はもうカップスでミッキーは働いて いたんですけど、いくらプロだからって卒業式で弾いたのには驚き あきれた(?)いい思い出です。 (写真はスタジオでミッキーとのツーショット)」
この記事では、「スワミ・ヒロシ」のみならず、彼と松風鉱一もそれぞれ「ホーニー井口」、「グッキー松風」と名乗っている。 岸本博の場合はインド哲学の影響があるのではないかと推測されるが、あとの二人がどれ位インド哲学に傾倒していたのかは定かではない。

 

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