THE STRANGER
(ザ・ストレンジャー)

Billy Joel

Stranger

Movin' Out (Anthony's Song)
The Stranger
Just The Way You Are
Scenes From An Italian Restaurant
Vienna
Only The Good Die Young
She's Always A Woman
Get It Right The First Time
Everybody Has A Dream

1977年
CBS

吟遊詩人という言葉で僕が思い浮かべるのは、どうした訳かビリー・ジョエルなのだ。 ポール・サイモンは知的に過ぎるしジャクソン・ブラウンは真面目過ぎる。
ブルース・スプリングスティーンは...語感的にしっくりこない。 吟遊詩人には道化たところが必要なのではないかと思う。 ダンス・パーティで上手くステップを踏もうとするのだけれど、どうしても足を引き摺ってしまう、そんな男でも恋をする。 ビリーの唄はそういう道化師の世界を描いている。

このアルバムは彼の出世作である。デビュー・アルバム 「ピアノ・マン」がヒットし、その後も着実にアルバムを発表、長年に渡るパートナーとなるリバティ・デヴィ−トを始めとするバックバンドも整ってきたところでプロデューサーにフィル・ラモーンを迎え、この会心作が作られた。 僕はこのアルバムを聞くと初期のアーウィン・ショーの短編集を思い出す。 何て言うのかな、ドラマの主人公というにはあまりにささやかに生きている人々の夢と哀しみが息づいているのである。 

おそらくフィルの手柄であろうサウンドは、ビリーの曲に新たな息吹を与えている。"Movin' Out"の歯切れの良いアレンジや"Scenes from an Italian Restaurant"の起伏のある曲想、そして"Vienna"のほのかな哀愁漂うアコーディオンの音色等、本来垢抜けないバーのピアノ弾きであった筈のビリーを違う次元に押し上げている。 

ポピュラーさという意味では口笛が印象的なタイトル曲やカバーの多い"Just the way you are(素顔のままで)"だろうが、僕はお気に入りとして、或る意味でコンセプト・アルバムと言えるこの作品の最後を締めくくる佳曲である"Everybody has a dream"を挙げたい。

"静かな絶望に沈むこの時代に 僕は世界をさまよいながら、新しい閃きを探していた。 与えられたものは冷ややかな現実だけだったけれども。

お祝いをする理由が欲しい時や心慰める安らぎが欲しい時、僕は想像に身を委ね、夢の世界にまどろむ。

誰もが夢を見る。そして僕の夢、僕だけの夢。 家でくつろぐひととき....二人だけで....君と。" (Everybody has a dream/by Billy Joel/高崎勇輝訳)

これは夜、静かな部屋で一人聞くべき唄である。様々な愛の形が唄われた後、ピアノとオルガンの静かで荘重な響きの中でBillyは「誰もが夢を見る」と囁く。このフレーズは繰り返されるうちに絶叫に変わり、消えていく。 そして再びあの"The Stranger"の口笛が聞こえてくるのである。

アルバムのジャケットでビリーはベッドに横たわり、仮面を見つめている。壁にはボクシングのグローブが下がっている。無名のボクサーは誰も傷つけることの出来ない「もう一つの」顔に何を夢見ているのだろうか。

"僕らは皆、決して知られることのない「もう一つの」顔を持っている。誰も居ない時、それを取り出してひそやかに見つめる。サテンや鋼鉄、あるいは絹や革でできた見知らぬ「他人」の顔だけれども、僕等はそれを着けてみたいのさ。" (The Stranger/by Billy Joel/高崎勇輝訳)

僕は思う。ビリー・ジョエルは、シンガー・ソングライターという言葉が思い起こさせる知的なイメージとは実は程遠い人なのではないだろうか。 ライヴでの語り口やステージ・マナーも洗練とは程遠い。 そんな彼がこの時、ある魔法でこのアルバムを作ったのだ。 次の「ニューヨーク52番街」ではこれに更にジャズのフレーバーを加え、スターとしての地位を確立する。 でもその後の彼の活動は、内面的にある種の葛藤があったのではないかと思う。 「グラス・ハウス」でロックン・ローラーとしてのイメージを打ち出し、「ナイロン・カーテン」でシリアスなアーティストとしてのリスペクトを求めようとするがそれは受け入れられない。 そして「イノセント・マン」でのオールディーズ・サウンドと一連のコミカルなビデオ・クリップは、彼に今までの全てを上回る成功を与えたのである。彼は、彼自身が道化師を演じることで冠を手に入れる。 そしてその後は....ビリーは"Big Shot"(大物)として与えられた仮面をかぶり続けなければならなかったのではないか。 出すアルバムはヒットを重ね、スタジアムでのツアー、ソ連公演....しかしその過程で彼は家族と別れ、古い友人に裏切られ、バンドのメンバーも去っていってしまう。 丁度アーウィン・ショーが「リッチマン・プアマン」等長編のベストセラー作家としての地位と引き換えに「プロフェッショナル」とか「ポピュラー(通俗)」と呼ばれる様になったことを気に病んでいたのと、同じ重荷をBillyは運んでいたのではないかという気がしてならない。"Boy, You're gonna carry that weight, carry that weight for long time..." 90年代に入り、ビリーがニューアルバムのリリースを停止したのは、仮面をかぶり続けることに疲れたのかもしれない。 そして彼は21世紀に入り、クラシックの「作曲者」として帰ってきた。それが彼の夢であるのなら、かなえられることを祈りたい。

ビリー・ジョエルのディスクはベスト盤やBOXがいくつも出ているが、僕としてはそれらを後回しにしてでも、まずはこのアルバムを、そして「ニューヨーク52番街」を聞いて欲しい。彼とバンドが最も幸せな音を出していた頃の物語である。 僕はドラムのリバティ・デヴィートの叩き出すビートが好きだ。そしてジャケットの裏面では、バンドのメンバーとくつろぐビリーを見ることが出来る。

 

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