EAST-WEST
(イースト・ウェスト)

The Paul Butterfield Blues Band

EAST-WEST

Walkin' Blues
Get Out Of My Life, Woman
I Got A Mind To Give Up Living
All These Blues
Work Song
Mary, Mary
Two Trains Running
Never Say So
East-West
 

1966年
Elektra Records
Cover photos & design by William S,Harvey

60年代のローリング・ストーンズやビートルズを語る際に、彼らがアメリカのR&Bの影響を大きく受けていたこと、そして初期のレパートリーにおいてこうした米国の黒人音楽が大きな比率を占めていたことは言うまでもない。イギリス人にとってブルーズは輸入音楽だったため、白人のミュージシャンが熱心にこれをコピーするという構図が発生していたのだ。エリック・クラプトン等もその一人だった。 そして、この結果形成されたブリティッシュ・ロックが、ビートルズを筆頭にアメリカに流れ込むのがいわゆるブリティッシュ・インヴェイジョンなのだ。 では、その当時アメリカの白人ミュージシャンはブルーズにどう接していたのか、それに対する答のひとつが、 ザ・ポール・バターフィールド・ブルース・バンドである。

ポール・バターフィールドはシカゴ生まれである。 当時のシカゴは「シカゴ・ブルース」と言われるマディ・ウォーターズやハウリン・ウルフ等のプレイヤーが活躍しており、彼もその影響を大きく受け、エルヴィン・ビショップ、マイク・ブルームフィールドらとバンドを組むことになった。このバンドは、白人が演奏する、いわゆるホワイト・ブルースというスタイルだったが、ポールはここでリズム・セクションに黒人ミュージシャンを加えている。彼にとっては、ブルーズというものを追求することが最も重要で、人種の縦割り等は眼中になかったのかもしれない。しかし、60年代後半から70年代前半は、ロックというものがドラスティックに進化を進めた時代であり、その中であくまでストイックにブルーズを追及したポールは、だんだん行き詰まっていく。マイクが去り、エルヴィンが去り、ポールはやがてバンドを解散する。その後何度か巻き返しを図るが、遂に果たせなかった。 そしてそれはマイク・ブルームフィールドも同じだった。

このアルバムはバンドの2枚目のもので、かつマイクとエルヴィンという2人の看板ギタリストを擁した最後のアルバムである。これにポールのブルーズ・ハープとヴォーカルが加わり、バンドは強力なアンサンブルを創り上げている。マーク・ナフタリンのキーボードもいい味を出している。
このバンドのサウンドが如何に斬新であったかは、彼らの演奏を聴いたボブ・ディランがそのサウンドに惚れ込み、マイク・ブルームフィールドらを自身のバックに迎えてライヴやレコーディングを行い、「フォーク・ロック」の扉を開いていったことからも明らかである。

アルバム収録曲はロバート・ジョンソンや古いブルーズのナンバー、そして"The Work Song"の様にジャズからも採り上げられている。最後の"East-West"のみがオリジナルで、ここでは長尺のブルーズ演奏が繰り広げられる。

"朝起きると、まず靴を探す。 知っての通り俺はあのウォーキン・ブルースにとりつかれているんだ。 奴らはブルーズと暮らすのも悪かないだろうなんて言うけど、そりゃあ最低な気分さ。

小川は海に注ぎ、海は大海原へとつながる。 もしあの娘が見つからないなら、俺も埋めちまってくれ。数分は数時間に、そして数時間は数日にも思えるんだ。あの娘がいなくなっ ちまってから。"  (Walkin' Blues/written by Robert Johnson/高崎勇輝訳)

66年の日本では、まだビートルズやストーンズの表層的な影響が強い時代だったが、ホワイト・ブルースを積極的に取り入れたバンドがある。ザ・ゴールデン・カップスである。特に初期の音楽性のキー・マンだったエディ藩がマイク・ブルームフィールドの影響を受けており、当時のカップスのレパートリーには、このアルバムからも少なくとも"Walkin' Blues"や"Get Out Of My Life, Woman"そして"I Got A Mind To Give Up Living"の3曲が採り上げられている。

今となっては、ポール・バターフィールドの行く先に出口はなかったことを我々は知っているが、この頃彼らはブルーズという音楽を連れて未開の土地を切り拓いていく最中だったのだ。それはどこまで続くのかわからない旅だったが、当時の彼らの立っていた位置がすなわちロックのモニュメントの一つだった。それはビートルズやディランのそれの様に、高々と掲げられるものではなく、今や草の中に埋もれようとしているが、誰かが時々訪れては思い起こすのだ。そしてこのモニュメントはまたしばしの命を吹き込まれる。

 

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