「IN YOU KANJINCHO」と「勧進帳」

ゴダイゴの未発表曲の中で、意外と知られていないものの中に「In You 勧進帳(In You Kanjincho)」がある。 これは82年にTV(イベント中継を含む)で2回だけ演奏されただけでレコードには収録されなかったので、91年リリースの「ゴダイゴBOX」のライナーで初めてこの曲の存在を知った人も多いのではないだろうか。 さて、ここでお送りするのはこの「In You 勧進帳」とその元になった長唄「勧進帳」の話である。

 

(概要)

まず、長唄とは何か、というと平たく言うと歌舞伎の音楽パートである。 歌舞伎の要所要所に入る音楽のうち、音楽的に優れているものは芝居を離れて演奏会ピースとして演奏されるらしい。 この「勧進帳」は歌舞伎自体も名作として知られているが、音楽としても演奏会にてしばしば上演される。 ストーリー・楽曲ともに変化に富んで非常にドラマチックなところ、また邦楽は同じような曲・節回しがありがちなのに対し、オリジナリティーが高く、なおかつ良くできた曲であるため飽きが来ないところにあるのではないかと思われる。

 

(歌舞伎の「勧進帳」)

初演:天保十一(1840)年三月、江戸河原崎座で七世 市川海老蔵(後の七世 市川団十郎)により初演される。
作詞:三世並木五瓶(ごへい) 作曲:四世杵屋(きねや)六三郎(杵屋六翁) 振付:西川扇蔵。
七世 市川団十郎が「市川家のお家芸」として制定した「歌舞伎狂言組十八番」(俗に歌舞伎十八番と呼ばれる)の一つである。

筋は能の「安宅(あたか)」から取られている。
『時は源平の頃、壇ノ浦にて首尾よく平家を討ち果たしたものの、その後兄頼朝と不和になった源義経は奥州の藤原氏を頼り落ちのびることになる。 義経一行は義経以下武蔵坊弁慶、四天王(亀井六郎、片岡八郎、駿河次郎、常陸坊海尊)の総勢6名。 義経を除く5名は山伏に身をやつし、義経は強力(ごうりき:荷物もち)に姿を変えて北陸道を奥州へ進む。 一行が金沢近くの安宅の関に差し掛かった時には、既に義経主従が山伏姿であることが知られていたため、 「東大寺の勧進僧」と名乗る一行は関守の富樫左衛門に見咎められる。
富樫は山伏の首領格である弁慶に対し、勧進帳を読めと命じる。勧進帳とは「寺院の堂塔の建立などに要する金品・材料の寄付募集の趣意を記し、巻物などにしたもの。僧や山伏が民衆から寄付を集める時に読み聞かせる(三省堂 大辞林)」であり、もし弁慶らが本当に東大寺の勧進僧であれば当然持っているはずのものであるが、もちろんそんなものは持っていない。そこで弁慶は持ち合わせの巻物を広げ、即興で勧進の趣旨を唱えるのである。
その後、山伏のいわれや扮装、心得、そして秘術を事細かに尋ねる「山伏問答」も無事乗り切った一行は通ることを許されるが、最後に強力に扮した義経が呼び止められる。絶体絶命の危機に瀕し、弁慶はお前のせいで疑われたと義経を金剛杖で打ち据え、「この強力を置いていくので心ゆくまで調べてくれ」と開き直る。
富樫はこの時点ではもう強力が義経であることを見抜いているが、それまでのやり取りでの弁慶の器や、主君たる義経を杖で殴打するというその機転、気迫に胸を打たれ、強力(義経)もそのまま通すことにする。 そればかりか、疑った詫びとして一行に酒肴を振舞う。 これは義経主従に対する別れの杯であるという富樫の好意を汲み、弁慶は杯を乾し、「延年の舞」を舞う。 そして山伏達は奥州を目指して進んでいく。』
という話である。

能の「安宅」は、弁慶の迫力に富樫が圧倒されて一行を通してしまうものだが、歌舞伎の方では武蔵坊弁慶の機転と富樫左衛門の情を柱にした男のドラマとして構築されている。

ある人はこれを「人情劇」と捉え、ある人は「音楽劇」と捉えている。 それぞれの見方が出来る位に人物描写や音楽が優れているということなのだろう。

 

 (長唄としての「勧進帳」)

この音楽は元来一中節にあった「安宅道行」と「安宅勧進帳」がもとになっている。

一中節の方は文化年間(19世紀初頭)に山彦新次郎(後の初代 菅野序遊)が銭湯に入った折、山伏の語る祭文(説教祭文)を耳にして興味を覚え、作ったものだと言われている。 長唄の方はこの影響を受け、その後の改訂を経て明治後期に現在の形となったらしい。 特に後半に使用される「延年の舞」は九世 市川団十郎が上演の折、三世 杵屋(きねや)正治郎が名古屋で作曲したといわれている。

長唄の編成は(フルオーケストラの場合)、唄、三味線、笛、小鼓、大鼓、太鼓が普通のあり方で、「勧進帳」もこの構成で演奏される。

 

(「In You 勧進帳」での「勧進帳」の引用)

ゴダイゴの「In You 勧進帳」では、後半の「延年の舞」の部分が引用されている。
富樫に勧められて飲んだ酒に酔った弁慶が富樫のすすめで舞う、終盤の見せ場である。 延年の舞というのは、昔山伏の舞う舞であったそうで、スピーディーで力強い三味線の演奏部分がそれにあたる。 長唄の場合でもスピードはゴダイゴ版とほぼ同じくらいで演奏されている。 長唄ではもちろん唄がついているのだが、ここでは間奏に当たる合方部分のみが使われている。

邦楽には掛合いという手法があり、これは一つの舞踊曲の中で異種の唄がパートごとに分担し、交互に唄うことによって変化と面白みを生み出すものである。清元と義太夫の掛合いとか、長唄・常磐津・義太夫の三方掛合いなどが挙げられる。、「In You 勧進帳」の場合も長唄部分を入れて、ゴダイゴのパートと掛合いにすることが不可能な訳では無かったと思われるが、そこまではやらなかった。 唄を入れてしまうと「IN YOU」部分の歌詞と合わなくなると判断した/唄方の出演ができなかった/構成上複雑になり過ぎると判断された/準備期間が足りなくてそこまで合わせるのが無理だった等の理由が考えられるが、どれも少しずつ当てはまったのではないか。

長唄の編成は通常、唄・三味線・笛・小鼓・大鼓・太鼓となっているが、「In You 勧進帳」ではここから三味線と大鼓だけを残し、尺八と琵琶を加えた構成になっている。これは通常ではあり得ない形で、邦楽のリスナーからするとかなり無理やりなものらしい。「特に単独演奏が通常と思われる琵琶は何で?と言う感じで、特に絶大な効果を生んでいるとも、洋楽と邦楽の融和に役立っているとも思えず、疑問の残るところ」とのこと。

これについては、おそらくミッキー吉野としては元々長唄の「様式」に通じていた訳ではないので、彼として頭に浮かんでくる「邦楽器」をベースにアレンジしたためと推測される。 琵琶については、元々「残・曽根崎心中」や「ハウス−オリジナルサウンドトラック」で使ったことがあり、馴染みのある邦楽器だったと思われる。

邦楽器と洋楽器のクロスオーバーは、武満徹の「ノヴェンバー・ステップス」等の作品やジョン・海山・ネプチューンの尺八とジャズの融合などがある。 この「In You Kanjincho」もそのひとつとしてもう少し「形」として残ってもよかったと思うのだが、単なる企画ものに終わってしまったのは残念である。

NHKの「日本の響き」とTBSの「東京音楽祭国内大会」で演奏された他ライヴで数回演奏されたが、吉澤洋治によれば本来の邦楽器セクションが入っていない等あまりに無理がある編成のため、全く受けずにお蔵入りしてしまった。

 

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